2024年11月16日土曜日

2024/11/16 「小山市の里山保全」

 小山市の平地林保全

土曜談話会 8 月に、栃木県小山市長自らが全日程見学の案内という「すごい」計画でしたが、台風接近のため延期し、今回の訪問となりました。

市長の浅野正富氏は、弁護士で NPO 法人ラムサール・ネットワーク日本事務局長を歴任した方です。2021 年に初当選し 2024 年 7 月再選を果たしました。当会と 30 年以上協力をいただいており、百年亭の寄付の際は、応援メッセージをくださりました。

10 月 6 日には、大阪で活動する「NPO 法人里山倶楽部」の寺川裕子さんと、里山保全についての意見交換会も行っています。
環境問題で活躍した経験がある市長が、環境保全をどのように推進し、成果をあげているのかが全国的に注目されていると思います。

今回は、総合政策部ゼロカーボン・ネイチャーポジティブ推進課の方の案内をいただきました。
地球規模の人類の存続にかかわる環境問題の解決を前面に掲げたこの組織名を見るだけで、小山市の環境問題への取り組みを感じます。
その生物多様性保全、平地林保全の目玉となる雑木林等の見学を 7 人参加で 11 月 16 日に実施しました。


【コウノトリ交流館】
コウノトリは里山に囲まれた河川・池沼・湿原などに生息していましたが、日本では、1971 年に、野外では絶滅しました。2005 年に再導入が兵庫県ではじまり、千葉県野田市でも放鳥が行われています。
渡良瀬遊水地は広い湿地で、コウノトリの生息地として期待できることから、2015~20年に、実物大(1.1m)のコウノトリの模型(デゴイ)を渡良瀬遊水地に配置し、大木の樹上に巣を作る性質があることから、人工の巣台も設置しました。これが功を奏し、2020 年以来繁殖しています。今年も3羽の巣立ちが確認されています。
渡良瀬遊水地に関する情報発信やエコツーリズムの推進、地域活性化のために 2020 年に開館したのが、渡良瀬遊水地コウノトリ交流館です。古民家を改修した展示スペースや事務所、作業スペースの 3 つの建物からなっており、年間 1 万人の来訪者があるとのことです。


【渡良瀬遊水地】
とにかく広い。関東地方4県にまたがる本州以南最大の湿地で、有名な足尾鉱毒事件の現場です。今は首都圏を洪水から守る遊水地としての機能を担っています。2012 年にラムサール条約「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」の登録地になっています。
小山市は遊水地を担当する専門の部署を設置し、市民参加の「ヤナギ・セイタカアワダチソウ除去作戦」が 10 年ほど前から行われており、9 月は 450 人の参加があっ
たそうです。遊水地を見渡す堤防に着くと、間もなく、コウノトリが(5 羽?)歓迎の舞を披露してくれました。
広い湿地に悠々と群れで飛び回るコウノトリはのびのびとしており、いつもデカイと感じるアオサギさえ小さく見えました。


【しらさぎ館南側平地林】
河岸段丘の傾斜地で、脇には小川があります。市外に居住する地権者が、自己での管理が難しいため、市への寄付の申し出があった場所で、平地林の保全のモデルケースとして、現在計画を練っています。
孟宗竹がはびこっていますが、筍を取りながら、管理をすれば、生き物が豊富な森に生まれ変われそう。宍塚の自然と歴史の会の竹林管理の経験を活かしたいと、市の担当の方がおっしゃっていました。


安房(あわ)神社西側平地林】
安房神社の鎮守の森に隣接した雑木林で、林床の植生がよく残っており、水田跡地の湿地もあり、これらを組み合わせると、魅力的な保全場所になりそうです。


【東島田ふるさとの森】
小山市所有の土地で、広さは 2.7ha。保安林に指定され、2023 年後期に自然共生サイトの登録がされています。
西側に一級河川の思川が流れており、クヌギ・コナラなど雑木林で、下草刈などの管理がよくされており、見通しの良い雑木林です。


【憩いの森鉢形】
2023 年後期に自然共生サイトに登録、広さは2ha。農家の母屋がありその周りを屋敷林が取り囲んでいます。
ケヤキが多い雑木林、祠や竹藪などもあり、多様な植生が見られます。地域振興を目指す農家による養鶏が行われ、養蜂などが試みられています。


【国指定史跡寺野東遺跡・寺東遺跡資料館】
工業団地の造成に伴い発掘調査された遺跡で、旧石器時代の石器、縄文時代の大規模な集落跡、6 世紀から 7 世紀に築造された古墳、奈良・平安時代の集落跡などが確認されています。環状盛土遺構や水場遺構、石敷台状遺構、さらには出土した種や花粉をもとに「縄文の森」も復元され、寺東遺跡資料館が併設され貴重な資料が展示されています。


小山市は、地球規模の保全を掲げつつ、地域の湿地や平地林の保全の取り組みを進めていること、市の職員の方の熱意を感じました。
これからも、小山市との情報交換を緊密にし、保全を進めていこうと思いました。

 森本信生





2024年10月19日土曜日

2024/10/19 「この里山を将来に残すにはー土浦市総合計画、土浦市環境基本計画を読むー」 阿部きよ子さん

 この会は多様な活動をしていますが、35 年間、鬼籍に入られた方を含めて、会員たちが、無 償奉仕で力をだしあってきたのは、「開発」で破壊されかねないこの里山を、なんとか将来に残したい、という強い願いがあったからです。


 折に触れ、原点に戻ってみる必要があると思い、今回、市の情報室にある資料、1989 年会発足時からの会報などを読み返しました。


 1985 年、国は東京都市圏広域連携拠点となる業務核都市」6 か所を設定しましたがそのうち 1 か所が土浦市つくば市にまたがる地域でした。

土浦市は、1986 年第 4 次土浦市総合計画で宍塚大池周辺200ha に大学、民間研究所、ホテル、コンベンション施設、公園などをもつ「新業務拠点」形成を掲げます。

宍塚の自然と歴史の会は 1989 年に、貴重な里山が破壊されることに危機感をいだいた市民、研究者などによって結成されました。

 そして、県、土浦市、つくば市に、宍塚・天王池の森を保全する要望を出し、1992 年には県に大池一帯地区の県立公園化を陳情しました。

 一方、研究者や、地元の方々の協力を得て自然、歴史両面での調査を進め、1995年には「宍塚大池地域自然環境調査報告書」、「聞き書き里山の暮らし」を刊行しました。


 1992 年からオニバスサミット、里山サミット、サシバサミットと 3 年連続で開催して、宍塚の里山の価値を全国的視野で深く学びつつ、広める活動を進めました。

市は地権者に「区画整理事業として開発」する同意を取り付けるとともに、土地の先買いを進めました。バブル崩壊により国の計画から宍塚地区は外れますが、第 5 次土浦市基本計画(1996 年~)では、宍塚地区区画整理事業 147ha が明記されます。


 1998 年には「厳しい経済状況から開発環境にない(市長談)」となったのですが、第 6~第9次(2022 年から)まで、いずれの土浦市総合計画でも「開発」計画は残り、第 9 次総合計画の構想図では「工業・流通・業務拠点」と「水・緑・憩いの拠点」の 2 色で色分けされています。


 一方、2000 年に制定された土浦市環境基本条例に基づく土浦市環境基本計画では、環境の現状と課題のところで、「宍塚大池周辺」の自然に触れ、主要施策には「山林と里山」の項で「筑波山麓、平地林や谷津田など里山の自然の保全と生態系の保護」とあります。


 2022 年からの第 3 期土浦市環境基本計画は「人と自然が共生する持続可能な水郷のまち」をうたい、「豊かな生物多様性を支える里山の風景を保全する必要がある」として宍塚大池周辺の豊かな自然にふれています。


 2026 年までのリーディグプロジェクト基本目標2「多様な生物と共生できるまちを目指して」では「霞ヶ浦や里山などにみられる多様な生態系や貴重な種の保護、棲息環境の維持等に努めます」とあります。

資料編―現状では、里山・山林の自然の 22 行の記述のうち 15 行を使って、「市内の代表的な里山」として宍塚大池周辺の里山について述べています。


 この 9 月、宍塚地区にスマートインターチェンジ設置が決定しました。第 9 次総合計画では土浦学園線の北側「スマート IC 周辺地区」が工業・流通・業務拠点と位置付けられており、周辺環境の変化が懸念されます。


談話会で出された意見:

  • 市が保全する方針を出すことが肝心。
  • 土浦市の学校で「泳げる霞ヶ浦」ということは教わったけれど、里山のことは学ばなかった。
  • 宍塚の里山の存在、貴重さを知らない市民が多い状況を変えていくのに、愛されるシンボルはないだろうか。
  • 子どもたちが描いた環境ポスターの多くが「ごみ」をテーマにしたことなどから、自然への関心が薄らいでいるのではないか。

 などの発言があり、スマート IC についてもその位置、影響が話題となりました。


 環境基本計画では市のとるべき「行動」が列挙されており、その中には生物多様性地域戦略策定もあります。

 実効性のある戦略作りに協力するとともに、保全活動、観察会などで市と連携することもできるのではないかと思われます。


 談話会後、国の業務核都市構想以前、市は宍塚の里山をどう捉えていたのか知りたいと、土浦市と都市環境計画研究所の名前で 1980 年 3 月に出された「緑のマスタープラン策定調査報告書」を閲覧しました。

 そこでは、宍塚「大池周辺は植生の自然度が高く、貴重な動植物が生息している地域で、保全の必要がある」と書かれ、風致地区指定の必要の優先順位として宍塚・大岩田、常名・沖宿 合計 558.7ha が示され、構想図に「大池風致歴史公園」が大きな〇で示されていました。

 この「調査報告書」は埋もれ、「緑のマスタープラン」は策定されませんでした。しかし、保全策が検討され、風致地区として土地利用に規制をかける策が考えられたことがわかりました。


 1970 年代以後のつくば市の変貌を目の当たりにしての「開発」熱で、土浦市は真に誇るべき宝=「豊かな自然と歴史遺産」から目をそらしてきたように思えます。

 今また、つくば市の人口増、TX沿線の変貌に惑わされて、大切な宝をさらに失うことにならないよう、私たちの会も初心を忘れず、活動していきたいものです。


阿部きよ子








2024年9月20日金曜日

2024.09.21 「宍塚大池由来の水草の系統保存」嶺田拓也さん

 大池の貴重な水草を絶やさないために

宍塚の里山の中心に位置する大池にはさまざまな生物が生息しています。
現在ではヒシや外来種のキショウブが目立ちますが、かつてはハスやクロモなど水草が豊富な池でした。
絶滅危惧種に指定されるオニバス(環境省カテゴリ:絶滅危惧Ⅱ類、茨城県:絶滅危惧Ⅰ類)、サンショウモ(環境省:絶滅危惧Ⅱ類、茨城県:絶滅危惧Ⅰ類)、イヌタヌキモ(環境省:準絶滅危惧、茨城県:絶滅危惧Ⅰ類)、シャジクモ(環境省、茨城県とも絶滅危惧Ⅱ類)など、多くの希少な水草も生育していました。

宍塚の自然と歴史の会では、2004年に東京大学と共同で水質の改善や当時大繁茂していたハスの抑制による水草相の回復などを目的に、池の水を落水する「池干し」を行いました。
その際に水槽にみられるオニバス水草の種子などを含んでいると思われる底土を採取し、ふれあい農園わきに大型の水槽を並べ水草の系統保全に取り組んでいます。
池干し後、大池内では期待していたような豊かな水草相は戻りませんでしたが、水槽内の土壌からはオニバスやジュンサイ(茨城県:絶滅危惧Ⅰ類)、クロモ(茨城県:絶滅危惧Ⅱ類)など多くの水草が発生し、アメリカザリガニの食害も受けないため、現在まで継続して生育が見られます。

一方、これまでは天水とときおりの井戸からの補水による水槽の水位の維持が近年の夏場の酷暑と少雨で難しくなり、昨年は井戸の故障もあり、大池の希少な水草の系統を絶やさないために、大池の水草を代表する「オニバス」と「ジュンサイ」について、その一部を昨年8月から「茨城県霞ケ浦環境科学センター(土浦市沖宿)」、「茨城県自然博物館(坂東市大崎)」、「(株)奥村組技術研究所(つくば市大砂)」の3か所に域外保全しています。

9月の土曜談話会(9 月21 日開催)では、このうち霞ケ浦環境科学センターと奥村組技術研究所に「里子」に出している大池のオニバスとジュンサイの状況を見学に行きました(総勢9名)。霞ヶ浦環境科学センター、奥村組ともに、ジュンサイは順調に生育しているように見えましたが、オニバスは宍塚の保全水槽と比べると貧弱な生育で、奥村組では全く見られない状態でした。
両所とも、オニバスの芽生えはみられたものの、浮葉を展開しだすと消えてしまう、とのこと、何者かによる食害や移植時に混生していたシャジクモなどの繁茂による生育阻害などが要因として考えられました。
今後とも、保全先とは緊密に連絡を取り合いながら、安定した域外保全の方法を確立するとともに、将来的には宍塚の保全水槽を含めた4者で相互に系統の保全を図っていきたいと考えています。

 嶺田拓也




2024年7月27日土曜日

2024/07/27「蟻」阿部浩さん(筑波蟻類蜂類研究所)

  阿部浩さんの強烈な記憶は、五斗蒔谷津の湿地でハラクシケアリの生態を地道に観察・調査され続けておられたことです。今回の談話会、最も身近な昆虫である「あり」、生態学的にはほとんど解明されていない、種名も整理半ばであることを知りました。アリの生きざまを知ることの大変さを、例えばクロナガアリでは冬3メートルもの深さに潜る、3mの深さを掘ることの難しさもリアルな体験として伝わってきました。モグラの巣などで行う、巣穴の形を知るための石膏流し、アリの巣では空気が漏れないので行えないそうです。アミメアリは巣をつくらず雄がいないなど、種ごとの説明もあったほか、宍塚で確認されたアリのリストも知ることができました。


【参加者の感想】


 毎月行われている土曜談話会、その道で長く携わってこられた方が講師。毎回新鮮な話が満載、贅沢な時間です。その割に参加者が少ないのが極めて残念、もったいない。(及川ひろみ)


家の中にも入って来るし、自宅の庭でも里山でも、最もたくさん見られる生き物が蟻ではないかと思いますが、観察会には参加してきたものの、自分から熱心に蟻を見たことがありませんでした。

生態系の中での役割は分解者。巣を持たない種類、巣が樹上、竹の中や、わずかな隙間など、巣もいろいろで、他の種類の働き蟻を奴隷にして自分の巣の子どもたちの世話をさせるサムライ蟻など、暮らし方も多様であることがわかりました。一つの単位が万を超える種類から、100以上と、少ない種類もあり、一口に蟻といっても 千差万別です。腹部?の別れ方から大きく2つの種類にわけられることも知ることができました。

 阿部浩さんは高校時代の生物部で蜜蜂を飼育したことから社会性昆虫に興味を持ち、蟻の研究を数十年にわたって続けてこられたということでした。宍塚の里山を子どもや若い人たちが面白いことにであえる場として保全していきたいですね。(阿部きよ子)





2024年6月15日土曜日

2024年6月15日「生物多様性の恩恵 水田の生き物」森本信生さん

【 内容】

・水田には、イネと雑草が生え、水もある。そして、それを食べ、田んぼを生活の場所とする生きものが出現する。


・水田には、絶滅が危惧されるような希少な生物がたくさん見られる。


・日本列島は、気候や地誌的な特徴も有り、世界でも生物豊かな地域である。


・水田をとりまく里山も、近年大きな変化が生じている。


・農地は、食料生産の場だけではなく、様々な役割が期待される。


・食料は食塩以外すべて生き物由来。様々な種類を食べることにより、豊かな食生活がある。



【参加者の感想】


たたき台として提供されるプレゼンテーションは毎回素晴らしい。参加者の世界は一層広がり、広がりは発表者の学の楽しさで満たされていく。(中略)以前の懇話会で発表された方の忘れられない言葉「私の専門ではありませんが、哲学的に申しますと、植物・昆虫・動物・微生物その他、どの分野に生じている問題もすべて私たち人間自身に戻ってくると申します」とおっしゃってプレゼンテーションを終えられたことを印象深く覚えています。(中略)多様性の暗い面の問題は、誰かさんの個人的気分の問題とは隔絶した重要な問題です。懇話会で聞いた、Oさんをはじめとする具体的で地道な取り組みのお話は一服の清涼剤のように深く心に響きました。アリガタカッタデス。                    江原栄治


水田を例に、益虫、害虫どちらともいえない多数の生き物の存在、また人の食べ物がみな生物であることなどが具体的に示され、わかりやすかったです。Sさんから出された、子どもたちに、カヤネズミを保全し、セイタカアワダチソウを抜く意味をどう説明すれば、の疑問は、とても大切なことだと思いました。生物間のつながりの複雑さを実感することが困難な中、生物多様性の危機を、多くの人たちにどう知らせるか。人間の利益の面からわかる説明として、食べ物だけでなく、生存にかかせない薬品も、目に見えない菌類も含む、生物由来であることを、わかりやすく言えるといいかな、などと考えてみたりしたけれど、人間本位で語ることそのものが、おこがましいことにも思えます。                  (A)







2024年5月18日土曜日

2024年5月18日「つくば市周辺の 子どもたちの育ちを考える」つくば子どもと教育相談センター代表 臨床発達心理士 穂積妙子さん

 
 穂積さんは、私たちの会の古くからの会員で、30年間にわたって、つくば市と、その周辺地域の子どもと保護者の教育相談に関わってこられました。当日用意していただいたレジメを掲載します。

【子育て中の参加者から】

・小学校で、英語、漢字なども、以前より学年ごとに習得すべき量が増えている。

・メールでいろいろな連絡が来る---スマホを手放せない。

・「教員の働き方改革」のため、この課題は家庭でやらせてください、という学校からの指示が多い。

 などの学校をめぐる状況が語られました。

                                    阿部きよ子



配布資料

1.幼児期の子どもたちの育ち


○保育園の園長先生の話・・・不安が強い、感情のコントロールが苦手の子どもが多い、発達特性がある子どもが増えた印象。


○心理士からみると・・・乳児期課題の、特定の親族や保育者との愛着形成がうまくできていない。それで幼児期課題の第3者への基本的信頼感が持てない。


○乳幼児期の発達課題の「保護者(親・保育者)といれば安心安全」「自分の周りの環境は少なくとも安心安全」と思える状況にない。


○早期教育の影響で、早くから「できるVSできない」の世界にとりこまれ「幼児的万能感」を持てず「できない」ことで自信を無くしている子どもが多く存在している。


○保護者が「ほかの子どもより早くできるようになること」に着目しすぎ、ゆっくり育ちを待つ、という姿勢を忘れている。

相談例】子どもが鏡文字を書くので心配、という相談をうけたが、その子どもは3歳だった。(3歳では右・左の区別は分からない)


○4から6歳は「遊びで育つ」と言われる時期だが、この時期の発達にふさわしい集団遊びが保障されていない。



2,児童期の子どもたちの育ち


○小学校、学童保育の大規模化

TX沿線の新設校、筑波山周辺の大規模一員校での諸問題・・・大きすぎることによる管理主義、子ども同士のトラブル、保護者組織の不在。


○小学校の教育内容の量的、質的変化・・・英語教育の高度化、プログラミング教育、グループ学習や発表力の重視。


○学習の遅れを心配する保護者の塾依存。

塾の成果主義、県立高校の不足問題


○保護者の経済力による教育格差の拡大。

・見えない貧困。親以外の祖父母、叔母などが相談にくるケース増加。

・生保家庭、教育扶助家庭が増え、地域での支援も広がってきているが、マンパワー不足や資金不足もあり支援場所の偏りが大きい。












2024年4月30日火曜日

2024年4月20日「宍塚に隣接する吉瀬の里山探訪」及川ひろみさん・ 阿部きよ子さん(当会)

 

【春の吉瀬を歩く】

案内人含めて6人で、フォンテーヌの森付近と鹿島神社を歩きました。

常磐高速道建設以前、宍塚の里山と一続きだった里山です。キャンプ場の南に天王池にむかう水路があります。霞ヶ浦の水が運ばれてくるU字溝から広い水域になっていくあたりは、柳の生える湿地を臨む美しい景観で、水の中を覗くと魚影もあり、ウグイスやヒクイナの声が聞こえてきました。



30年前くらいまでは、池の北側の車道はなく、私は細い道を歩いて天王池に釣りに通っていました。水面が広がり、猟期以外は鴨、カイツブリがよく見られました。今は、ヨシ、柳が茂り、開けた水面が僅かになってしまいました。

天王池の北側には、針葉樹の林、広葉樹の林にかこまれた谷津があります。そこで、サシバのカップルをみることができました。かつての谷津田の多くが休耕地となりましたが、台地の裾を西に曲がると土の水路が残り、田起こしされた田がありました。




 八坂神社で小休憩しました。上の室の神社です。八坂神社と県道の間は、以前はおもに畑でしたが、新しい住宅がふえました。天王池の方に戻る台地の上に、近年、ツリーハウス、自転車のコースなどが作られましたが、今年、東京の業者がグランピングの施設を作る計画だと聞いています。駐車場も作るであろうことも考えると、クサイチゴやジロボウエンゴサクが点々とさくこの台地の自然環境が激変することが懸念されます。


 車で鹿島神社に移動しました。土浦学園線のすぐ南側の台地の縁にある神社です。鳥居の先はおもに杉の林ですが、スダジイ、シラカシ、アラカシの古木があり、広い社域には社殿の他、石仏群、古墳があります。石仏の多くには江戸時代の年号が読み取れます。青面金剛、「おはぐろ様」(羽黒山信仰と関係か?)などのほか、子どもを抱いた石仏など、一つ一つみると、なかなか楽しいものです。そして、台地の北西の古墳のてっぺんに、古墳の石棺由来かと思われる石材を祠のようにくみたてた中に、一見モアイ像のような「鼻の大きな大日さま」がありました。江戸時代の初めごろ、羽黒山神社から来た人たちによってつくば・土浦地区のあちこちに建てられたものの一つで、宍塚の般若寺にある大日さまと似ていますが、こちらは小さ目です。この石仏の説明板も建てられていました。この鹿島神社では石仏のいずれにも、2つの竹の筒を麻紐で結んだものが懸けられています。花を供える筒と思われます。吉瀬の氏子の皆さんが、この神社をとても大切に守ってこられたことが感じられました。



 定期的な手入れのおかげで、林床の植生は豊かで、ちょうど、ジュウニヒトエがあちこちに咲いていましたし、7月半ばになれば、ヤマユリの園となることでしょう。

 



 吉瀬には斜面を利用した立派な庭のある民家があったり、台地の縁が急な崖になっているなど、宍塚にはみられない景観があります。

 宍塚だけでなく吉瀬まで拡大してみると、この地域は地形的にも動植物の面でも本当に多様性に富む里山であることを確認できたと思います。             


阿部きよ子








7/26 土曜談話会「貝塚のなぞ」

 7 月 26 日 話題提供 Abさん    日本では現代にいたるまで、貝を食べてきた歴史がある。しかし、貝塚を残したのは、ほぼ縄文時代だけだ。なぜ縄文人は貝塚を作ったのだろう。  貝が豊富な地域で、人々が食べた貝殻を他のごみと共に長期間廃棄した結果貝塚になった、というのが「常識...